Tokyo

須賀啓

2026/4/18–5/23

この度、東京画廊+BTAPでは須賀啓の個展を開催いたします。

須賀啓は1959年に慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、1963年の第15回読売アンデパンダンに《夜間照明物質》を出品し、アーティストとしての活動を開始しました。同年7月には、中原佑介が企画したグループ展「不在の部屋」展(内科画廊)に出品。その後、1964年の個展(サトウ画廊)や、1968年「トリックス・アンド・ヴィジョン−盗まれた眼」展(東京画廊・村松画廊)、1969年「第9回現代日本美術展」への出品など、精力的に発表を続けました。

須賀は20年にわたり、電球というモチーフに向き合いました。1966年、柘植の木を電球型に刈り込んだオブジェを制作したことを皮切りに、ホンコンフラワーを用いた電球や、ブロンズ、セメント、石膏による電球を次々と制作しました。裸電球という、1960年代を象徴する素朴な電気製品は、自然と人工の接点を探るための有効なモチーフであったと考えられます。

1980年代以降、須賀は蛍光灯を用いた作品も制作しています。アフリカや南米の地図をくり抜いた金属の箱に、数十本の蛍光管を詰め込んだ作品が残されています。初期の作品から見られるアフリカ大陸の形が自然を象徴するのだとすれば、須賀の作品は、「自然」という反文明的観念を、人工物を通じて物象化する試みだったといえます。

今年3月には、一般社団法人戦後芸術資料保存(padoco)より『須賀啓と現代美術』が刊行されました。また、美術資料や書簡、スケッチブック、制作ノートなどの資料は、国立新美術館に寄贈され、現在整理が進められています。

今回展示するのは、2023年の没後、自宅で見つかった作品です。須賀の作品のほとんどには制作年の記載がなく、展覧会の冊子やスケッチブックからも、正確な制作年やタイトルを特定することは容易ではありません。本展が、須賀の制作活動を明らかにするための一助となることを願っております。

本展の開催にあたり、作家のご遺族、一般社団法人戦後芸術資料保存(padoco)、国立新美術館学芸課情報資料室の皆さまに多大なるご協力をいただきました。ここに謹んで感謝の意を表します。